苦労は帳消し

苦労は帳消し
お父さん
ぼく お父さんの子でよかった
母を早くに亡くした子が
ある時 ふともらした言葉
つらい仕事もがんばれた
お母さん
ぼく お母さんの子で幸せだ
母を早くに亡くした子が
育ての母に書き送った手紙の言葉
妻は目に涙をいっぱいためて
これまでの苦労は帳消しです
と 私に告げた
うれしかった ありがたかった
この世には悲しみがいっぱいあるけど
それに見合う幸せも きっと ある
思わず涙が出そうになってしまいました。
年のせいか最近は涙腺がゆるくなってきているように感じます。
ニューモラルの詩 462号 

ぼくの心

ぼくの心
行くなといえば 行きたくなる
言うなといえば 言いたくなる
困ったものだと思っても
どうにも勝手な ぼくの心
不自由不足を味わって
自由の有り難さがわかる
知足の尊さがわかる
涙を流して
人の心の悲しみがわかる
だから 人の世の苦しみ悲しみ
歓迎まではできないが
逃げないで 向き合おう
苦しみを深くするほど
ぼくの心も深くなり
広くなるから
いのちの響きという本の一節です。
無造作に開いたらこの詩(ページ)に出会いました。
いい詩ですね。

最後の教え

仏教聖典
最後の教え
弟子たちよ、今わたしの最後の時である。
しかし、この死は肉体の死であることを忘れてはならない。
肉体は父母より生まれ、食によって保たれるものであるから、
病み、傷つき、こわれることはやむを得ない。
仏の本質は肉体ではない。
さとりである。
肉体はここに滅びても、さとりは永遠に法と道とに生きられる。
だから、わたしの肉体を見る者がわたしを見るのではなく
わたしの教えを知る者こそわたしを見る。、、、
釈尊
(仏教聖典 P13より抜粋)
お釈迦様が亡くなられる時のお話です。
もう少し長い文章ですが、、、
続きを読みたい方は書店で仏教聖典をお買い求めください。
仏教聖典とはわかりやすく言えば、キリスト教の聖書みたいなものです。
すばらし本ですよ!!
  

涅槃会

涅槃会(ねはんえ)は、日本では2月15日に行われます。
お釈迦さまは紀元前383年、80歳で亡くなりました。
ヒマラヌヤヴァティー河の岸辺にある沙羅双樹の林で頭を北にし、右脇を下にした形で亡くなりました。これに習って、仏式では亡くなったときに北枕にして寝かせます。
臨終にあたって残した言葉は次のように言い伝えられています。
まず集まった弟子達に、今まで説いた事について疑問があれば質問をするようにいいました。弟子達は皆だまっていました。
するとお釈迦さまは「あらゆるものは、うつろいやすいものである。怠ることなく精進せよ」これが最後の言葉でした。
仏教徒の皆様、涅槃会(ねはんえ)は覚えましょうね、お釈迦さまが亡くなられた日です。

成道会(じょうどうえ)

12月8日は、お釈迦さま(三十五歳)の時に
「お悟り」を開かれた日です。
この日を記念して「成道会(じょうどうえ)」といいます。
仏教徒の人は是非覚えておきましょうね。

第19回全国生涯学習フェスティバル「まなびピア岡山2007」(文部科学省主催)

「まなびピア岡山2007」の中で心に響いた作品をご紹介致します。
最優秀賞
● 文部科学大臣奨励賞
父の「ばんざい!」
竹内 昌彦(たけうち まさひこ)(62歳 ) 岡山県岡山市
 終戦の年に生まれた私は、戦後の混乱の中で肺炎になり、網膜剥離をおこして8歳のとき失明した。そんな私に、父は丈夫な体と明るい心を育てようと、祭りや博覧会など人の集まるところには必ず連れ出し、何にでも触らせ、馬や象にも乗せてくれた。本を借りてきて読み聞かせ、日曜日には水泳や山登りで私を鍛えた。
 そのおかげで、私は大きな体に成長し、昭和39年に行われた東京オリンピックの後のパラリンピックに、岡山県代表の選手として出場することになった。岡山駅を出発するとき、大勢の見送りの人が集まった。その中に父もいたが、無口な父は何も言わなかった。ところがいよいよ列車が動き出したとき、「竹内昌彦、ばんざ~い!」という父の大きな声が響きわたり、右へ左へ広がっていった。その叫びの奥に、重い障害を負ったわが子を育てあげた父の誇りと喜びと勝利宣言の思いがあることを知って、私はこれに笑顔で応えることができず、下を向いて涙をこらえるのがやっとだった。
 あれから40年余り、いくつもの困難にぶつかったが、そのつど、忘れることのない、あの父の「ばんざい」の声が、私を支え続けてくれたのである。

使命

世の中には
物をつくる工場は
たくさんあるけれども
経営者の使命は
人間をつくることである。
法学博士
廣池 千九郎

松下幸之助 経営語録

松下幸之助 経営語録
いってみれば、
経営者という者は
つねに死を覚悟して
しかも方向転換する離れわざを
心に描ける人でなければならない

先生の思い出

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ニューモラル の詩
先生の思い出
「つぎが当たっていても、洗濯がしてあって清潔なのが
一番美しいのよ」と
小学生の僕たちに話してくれた担当の先生の言葉が忘れられない
「消費は美徳」と浮かれて いつからか 日本人は
つぎをあてることを忘れてしまった
日本が崩れ始めたのは その頃ではなかったろうか
美しい国も 美しい町も村も 美しく住む人が集まれば
ひとりでに美しくなるという
「ありがとう ごくろうさま」
優しかった先生の笑顔と  いつもの口癖が 五十年たった今
しきりに思い出される

ゆっくり休めるよ

先日、お客様から感動のお話を伺いました。
それは、墓地引渡しが終わった数日後に、亡きご主人の声が
「ゆっくり休めるよ」と、、、
生前はあまり多くを語らないご主人だったそうですが、そのように
奥様につぶやいたそうです。
奥様は目に涙をためながら話して下さいました。
以前の墓地は納骨堂もないところでしたので、お墓を直すこと
が出来て本当に良かったと、、、
この商売をしていて本当に良かったと思える瞬間です。
このようなお手伝いをこれからもして参りたいと思います。

田中 正造

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田中 正造
私の尊敬する人物の一人です。
このような言葉を残しております。
 
真の文明は 
山を荒らさず
川を荒らさず
村を破らず
人を殺さざるべし
正造の顔を見ていつも思う事は、気概と気迫です。
このような人が郷土から出ている事は郷土の誇りです。
このような人に少しでも近づけるように、がんばります!!

生涯、発展途上の現役です。

生涯、発展途上の現役です。
この言葉を言われたのは、フランス料理会の頂点に立っている、
村上信夫さんです。
その村上さんのエピソードをご紹介致します。
戦後、シベリアで病気で瀕死の友が最後にパイナップルが食べたいと言われたが
当然のことながらパイナップルが手に入るはずもなく、一個のリンゴを村上さんが
手間隙をかけてパイナップルのようにし食べさせたのでしたが、村上さんは心の中で
彼に別れを告げたそうです。
そしてしばらくするとその友が手を振って戻ってきた。
村上さんがどうしたんだと尋ねると、友はあのパイナップルがもう一度、生きて食べたいとの
一心で元気を取り戻したそうです。
食べ物の力の偉大さを改めて感じるのと同時に、すべての仕事もその域まで到達出来るの
ではないかとさえ思えるように私自身なりました。
人生ってすばらしいですね。
ありがとうございます。

仕事の指針

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仕事の指針、心の座標軸という本を頂きました。
一節をご紹介します。
人のために役に立つ仕事をやりとげて、相手に感謝される事ほど嬉しい事はない。
自己の存在感を認められ、評価される事で初めて「やりがい」を実感できるのである。
その他にもたくさんの経営者や活躍されている方の生の声がいっぱいです。
私もじっくりと味わいながら読んで参りたいと思います。

気負い

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私の尊敬する石川 洋さんの本を開いたら、下の詩が目に飛び込んで
きました。
「私でなければ」
というのは
気負い過ぎ
いつまでも
自分が
やれるのではない

私も気負いすぎているから、神様が肩の力を抜くように教えてくれたのでしょうか。
感謝です。

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