1、著名人から愛される小松石

多くの著名人が小松石でお墓を建立しています。

なぜ、これほどまでに著名人から小松石は選ばれるのでしょうか?

それは小松石が、さまざまな表情(色味・シマ模様・流れ)を持った石であるということです。同じ人間が存在しないように小松石も同じ石が存在しないのです。そしてそれらが年月を経てさらに深い味わいに変化して行きます。

著名人から愛される理由はそこにあるのではないでしょうか。

そしてもう一つ言えば「石屋(関東)が自分のお墓は小松石でつくる」という事です。もちろんすべての石屋がそうする訳ではありませんが、私の知る限りでは小松石でお墓を建てる石屋は非常に多いです。プロ中のプロが選ぶ小松石を是非、堪能してください。

小松石で建立された著名人(五十音順)
名前 職業・他 所在地
芥川龍之介 作家 慈眼寺 (豊島区)
安藤広重 浮世絵師 東岳寺 (足立区)
泉鏡花 作家 雑司が谷霊園
市川団十郎 歌舞伎俳優 青山霊園
伊能忠敬 天文学・測量学者 源空寺 (台東区)
内田魯庵 小説家 多磨霊園
江戸家猫八 落語家 雑司が谷霊園
榎本武揚 政治家 吉祥寺 (文京区)
お岩   妙行寺 (豊島区)
岡倉天心 美術・行政家 染井霊園
岡本かの子 作家 多磨霊園
荻野吟子 女医 雑司が谷霊園
尾崎紅葉 作家 青山霊園
春日局 家光乳母 麟祥院 (文京区)
片岡市蔵 歌舞伎俳優 池上本門寺
葛飾北斎 浮世絵師 誓教寺 (台東区)
勝新太郎 俳優 蓮乗寺 (港区)
金田一京助 文学者 雑司が谷霊園
小泉八雲 作家 雑司が谷霊園
幸田露伴 作家 池上本門寺
古今亭志ん生 落語家  還国寺 (文京区)
近藤勇 新撰組局長 龍源寺 (三鷹市)
佐藤栄作 首相 和田堀廟所
三遊亭園朝 落語家 全生庵 (台東区)
志賀直哉 作家 青山霊園
渋沢栄一 実業家 谷中霊園
昭和天皇 皇室 八王子市
大正天皇 皇室 八王子市
太宰治 作家 禅林寺 (三鷹市)
千葉周作 剣士 本妙寺 (豊島区)
手塚治虫 漫画家 総禅寺 (豊島区)
遠山金四郎 南町奉行 本妙寺 (豊島区)
徳川家康 征夷大将軍 久能山東照宮
徳川信康 家康嫡男・松平家七代当主 西念寺 (新宿区)
徳川慶喜 徳川将軍 谷中墓地
永井荷風 作家 雑司が谷霊園
中浜(ジョン)万次郎 文学者 雑司が谷霊園
二宮尊徳 農政家 今市市
服部半蔵 徳川家家臣 西念寺 (新宿区)
林家三平 落語家 常福寺 (足立区)
樋口一葉 作家 和田堀廟所
福沢諭吉 啓蒙思想家・慶応義塾創立者 善福寺 (港区)
北条実朝 北條一族 鎌倉市
北条時頼 北條一族 鎌倉市
北条政子 北條一族 鎌倉市
水野忠邦 老中 水海道市
美空ひばり 歌手 日野公園墓地
源頼朝 征夷大将軍 鎌倉市
森鴎外 作家 禅林寺 (三鷹市)
安田善次郎 実業家 護国寺 (文京区)
山岡鐡舟 剣客・政治家 全生庵 (台東区)
山本五十六 海軍大将 長岡市
横山大観 画家 谷中霊園
力道山 プロレスラー 池上本門寺

2、小松石の歴史

小松石の誕生

約40万年前から始まった箱根古期外輪山の活動末期、今から15万年前に誕生しました。
小松石の名称は現在の真鶴駅の山側にある、小松原と呼ばれたところから、砕石されていたことからつけられました。

奈良時代 _ 756年

小松石が岐阜県養老郡時村の竜淵寺の墓石に用いられました。(科学的調査の確証が得られています)

平安時代 _ 1160年

土屋格衛が岩村(現在の真鶴町)において、石材業を創業しました。(真鶴町にある、石工先祖碑の碑文より)

鎌倉時代 _ 1192年

源頼朝が幕府を創始した際に鎌倉に大石を輸送しました。そして鎌倉の都市づくりや、寺院の建造、墓石などに用いられました。

室町時代 _ 1571年

後北条氏の支配のもと、小田原城の築城、社寺等建設が盛んとなりました。

安土桃山時代 _ 1590年

豊臣秀吉が石垣山城(一夜城)を完成しました。小田原の石屋善衛門が徳川家康により、石工棟梁を命ぜられました。

江戸時代 _ 1604年

徳川家康の江戸城入城後、改修工事が始まり、大量の石材を供出し、石材業が飛躍的に発展しました。

その後も幕府の命による、石材提供のため、紀州・尾張・水戸の御三家及び、松平家、黒田家などの大名が現在の真鶴町の各所に丁場(砕石場)を開き、石材を切り出し、江戸に送りました。

1841年

寛永寺文恭院(11代将軍家斉)の宝塔用材が切り出されました。

1853年

増上寺慎徳院(12代将軍家慶)の宝塔用材が切り出されました。

1854年

ペリーの浦賀来航によって、徳川幕府300年の安眠がにわかに崩され、あわてた幕府は、沿岸防衛のため、台場の築造を命じ品川台場の用石が切り出されました。

1866年

増上寺昭徳院(14代将軍家茂)の宝塔用材が切り出されました。

明治時代 _ 1888年

東京大学工科本館建設に小松石が用いられました。

昭和時代

1927年

宮内庁図書寮、早稲田大学記念講堂の建設用材が切り出されました。

1928年

八重洲ビル建設の用材が切り出されました。

平成時代

1988年

昭和天皇武蔵野御陵玉垣用材を切り出しました。

1991年

鎌倉鶴岡八幡宮大石段修復工事用材を切り出しました。

1998年

長野善光寺石畳改修工事用材を切り出しました。

1999年

小田原城改修工事用材を切り出しました。

2003年

新橋駅舎復元工事用材を切り出しました。

2004年

皇居改修工事用材を切り出しました。

3、小松石を知りつくした六代目プロデュースによる感動のお墓づくり

私たちは大豆生田社長のお人柄、誠実さ、信仰心に日頃から信頼を寄せていました。

住職をしていた母が突然永眠致しました。
父は昭和45年に亡くなっており、母は父の死体遺志を継ぎ、第44世覚本寺住職として寺を守って参りました。両親とも出家しておる身である為、いわゆる「三国家」として同じお墓に入ることは出来ません。その為、歴代住職墓地に仲良く並んでお墓を建立することになります。
別々とはいっても、父と母は夫婦だった訳ですから、なるべく父の墓と同じような五輪塔(※)を77日忌までに建立する予定となりました。
そこで石材店を選ぶに当たっては、仕事が丁寧かつ誠実で謙虚、信仰心の深い店主ということが条件になって参ります。
私共は大豆生田様のお人柄、誠実さ、信仰心には日頃から信頼をお寄せしておりましたので、迷わずお願いすることに決めました。

墓石の角を少し丸くすることによって女性らしくというご提案などのお心遣いを頂き素敵な五輪塔が出来上がりました。
水輪の球の部分は母が微笑んでいるような気が致します。これも仏縁によるものと母も喜んでいると思います。本当にありがとうございました。

皆が満足のできる立派なお墓が完成し、心よりお礼を申し上げます。

拝啓
年の瀬の何かと気忙しい毎日の今日この頃でございますが、御社におかれましては、ますますご繁栄のこととお喜び申し上げます。
この度は、私共の念願の墓石建立に際しましては、大変おせわになりました。誠にありがとうございます。心よりお礼申し上げます。
お陰さまで私供、皆が満足のできる立派なお墓が完成し、先日の開眼式を迎えることができました。
開眼式の際にも、大変お世話になり、ありがとうございました。
先日の墓石工事の保証書、写真も沢山お送りくださいまして、御社のご丁寧で信頼できる対応に感謝申し上げます。 遅くなって申し訳ございませんが、お礼のメッセージを同封させていただきました。どうぞ、よろしくお願い致します。
未筆ながら社長様はじめ皆様のご健康をお祈り申し上げます。

今回、皆様のおかげで満足のいく立派な墓地が完成し本当に感謝しております。

まみうだ石材様をお尋ねしてからじっくりと時間をかけ、希望の本小松石を探していただきました。石の種類やデザインについて丁寧に説明して下さったり、実際に墓地を幾つか見せて下さったり、私共のイメージに合うようにと、色々な御配慮をして頂きました。今回皆様のお陰で、満足のいく立派な墓地が完成し家族一同、本当に感謝しております。これからも今まで以上に仏様、ご先祖様を大切にしていこうと思っております。

イメージの再現と様々なご提案、納得のいく墓石が完成いたしました。

この度は大変お世話になりました。
私のイメージをただ再現することだけではなく、そこに様々なご提案をしていただき、納得のいく墓石が完成いたしました。妻も喜んでくれていると思います。他の人にも自信を持ってまみうだ石材さんをお勧めしたいですね。本当にありがとうございました。

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